2014年10月22日水曜日

あの日にドライブ(荻原浩)



主人公は退職に追い込まれた元・エリート銀行員。ちゃんとした仕事が見つかるまでのつなぎで始めたはずのタクシー業もさっぱり。仕事中心だった今までのツケで家でも居場所がない。そんなトホホ中年男はまだ人生が希望溢れていた学生時代の「あの日」へと考えを巡らす。

あの時、ああしていれば。そんな思いと偶然が勝負のタクシー運転手稼業が重なり、ストーリーが進んでゆく。人生は運。全ては偶然。そんな虚しさからか、冴えない主人公の妄想は果てしなく広がっていく。昔憧れながら、お金と世間体を気にして就かなかった仕事、昔の彼女と築いた理想的な家庭など、完全な現実逃避なのだが、本人は気づいていない。「そんな都合のいいことあるわけないじゃん」と読者が突っ込みたくなる程に。

しかし、しばらくタクシー業を続けていくうちにわかるのだ。偶然勝負に見えるタクシー稼業も、実は勝ち組になるには綿密な下調べと計画が必要だということを。そして、昔の彼女や昔憧れていた出版社の現状に幻滅し、ようやく自分の人生がまともに見えるようになる。偶然だけど、それだけではない人生。自分が選んできた結果である今の人生に、主人公は最後ようやく向き合う気になるのだ。そこで見えてくる妻の美点、うるさい子供たちの可愛さ。希望が見える温かい終わり方にほっとした。

作品の雰囲気としては、重松清の「流星ワゴン」を思い出した。リストラ男のトホホ生活の状況や希望を持たせるエンディングが似ているからだろう。読み物としては重松清の「流星ワゴン」のほうが先が読めないし、ドラマチックで面白いが、この荻原浩版リストラ中年男のトホホ物語もなかなか味があった。平凡だけど、あたたかい。そんな作品が好きな方は、是非。