2014年11月10日月曜日

舟を編む(三浦しをん)



思わせぶりなタイトルに、単行本にしてはやたらと地味な装幀。2012年度の本屋大賞をとっただけに、期待は大きかった。しかし、予想外に地味な話だった。もちろん、三浦しをんのコメディの才能をうかがわせる、おかしみのある場面、文章は随所にあった。しかし、内容は至って地味な何十年もにわたる辞書編纂作業。三浦しをんだけあって、漫画のように強烈でおかしなキャラクターが揃っているのだが、特別ハチャメチャな展開にはならない。安定した、ある意味予想通りの展開なのだ。

主となる編集者は辞書に一生をかけ、辞書によって生かされ、それぞれに執念を燃やして本当に実現するかもわからない辞書のために果てしない編纂作業を続ける。そのなかで、出会いがあり、繰り広げられる人生がある。そして、宣伝で応援する者、表紙の装幀に携わる者、特殊な紙の開発に携わる者、すべてのピースがはまってようやく完成する。

ほとんどエンターテインメント性のない、真面目なストーリーがこれだけ面白く書けるのは、やはり三浦しをんの力量によるものだろう。簡単な言葉ひとつの定義に難しい言葉を並べ立てて討論している場面の面白いことといったらない。コンピューターを使わず、ひたすら用例採集カードなどを使っていて、「これ、いつの時代?」と突っ込みたくなるのだが、昔の辞書の編纂作業は確かにひとつひとつ、手作業だったのだ。

最後、辞書「大渡海」は完成する。立ち上げから関わった老学者は完成を待たず世を去るのも、ありきたりといえばありきたり、王道といえば王道の展開だ。しかし、辞書に限らず、世の中の大業というのは、皆、このような地道で長い労苦の結晶なのだろう。今の時代、簡単にインターネットで無料の辞書が利用できる時代になり、もう何年実物の辞書をめくっていないことだろう。しかし、この本を読んで、改めて前人の大業、それまでにかかった果てしない作業に思いを馳せた。

読み終わって気づいたのだが、やたらに地味なこの本の装幀は、本に出てくる辞書「大渡海」の装幀そのものだった。おまけに船の帆に、この本の中だけの架空の出版社、玄武書房の「玄」まで見える。なかなか粋ではないか。

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