2013年7月27日土曜日

永遠の0(百田尚樹)


面白いだけではなく、読んでいて勉強になる本が好きだ。そしてこれはまさにそんな本だった。面白い、勉強になる、そして感動する。一石三鳥で、話題の本というのもうなずける。

真珠湾から、ミッドウェー、ガダルカナル、ラバウル、レイテ、沖縄戦、特攻まで、太平洋戦争における戦闘機パイロットが辿った道を通し、太平洋戦争の流れとそこに生きた戦闘機乗りの生き様を教えてくれる本だった。きっと、綿密な取材を通して、できるだけ史実に近いものを書こうとしたのだろう。

しかし、この壮大な史実に取材された話の中にフィクションさを添えているのが、主人公の現代的性格だ。この主人公は、あらゆる意味で、現代のイデオロギーを体現している。徹底的な階層社会である軍において、階級下のものとも分け隔てなく接し、物腰もやさしい。辣腕のパイロットでありながら、自分の凄腕を自慢することがなく、謙虚。階級下のものを庇うのに、上官に口答えさえする(上官の命令が絶対の軍隊において、これは許されないことだ)。家族を心から愛し、絶対に生きて帰ることを誓い、周囲のものにも命の大切さを教える。若干26歳という設定でこの人間としての素晴らしさは、文句なしにかっこいいのだが、あまりの完璧さに、せっかく史実によく取材されたこの物語で、フィクションの作り物さを逆に感じてしまったのは私だけだろうか。

これだけ詳細にわかりやすく、太平洋戦争の進行をそこで生きた兵士たち(海軍航空隊に限られるが)の目線を通教えてくれる本はないだろうと思う。しかし、それだけではない。複数の証言者の話、祖父の過去を探る姉弟のやりとり、そして命を何より惜しむ主人公の凄腕パイロットの存在で繰り返し強調されているのは、日本軍の人命軽視の事実だ。作者は、物語の多くの登場人物の人生や視点を通し、戦争という悲劇の原因となった日本軍の歪んだ体質や問題を示し、読者に訴えているように思う。

例えば零戦。太平洋戦争前半無敵だった戦闘機だが、この話ではその致命点が何度も語られる。攻撃力は卓越しているが、防御力は無いに等しく、初心者パイロットは勿論、熟練パイロットでも一発の被弾で命を落としていってしまう。対するアメリカの戦闘機は、防御重視で、「十回殴られて、ようやく一回殴り返すような戦い」ができた。いくら殴られても、死なない限りは、その経験を生かして次に結び付けられ、熟練パイロットを養成することができた。

零戦の設計に限らず、この作品で、太平洋戦争のあらゆる場面で、日本は兵士の命を軽視した無謀な作戦を立ててきたことが紹介されている。相手の戦力も知らず、場当たり的に少数ずつ投与され、充分に軍隊として戦えないまま無駄に消耗された兵隊たち。特攻に至っては、その成果への期待よりも、「軍が決死の覚悟で本土を守る」という愚かな軍隊の大和魂のアピールのために若い学徒が大勢を犠牲にされた。人一人の命に尊卑はないはずだ。しかし、軍の仕官や指揮官のくだらない面子や保身のために、何万という兵隊が犠牲になったのは、本当にやるせない。さらには戦後、命を賭して戦った男たちが周囲から白眼視され、辛い戦後を生き抜いたことも描かれており、戦争の理不尽さは終戦とともに終わったのではなかったことを知った。

しかし、ラストがどうも腑に落ちないのは私だけだろうか。衆人環視の場でさえ1人特攻への志願を拒否し、卑怯者と呼ばれようとも、臆病者と罵られようとも、妻子の元に生還することだけを考えた男。特攻隊を志願した友には、不時着を進めていた彼が、なぜ、特攻で生還の最後の鍵を手にしながら、それを教え子に譲り渡したのか。以前に自分の命を庇ってくれたお礼だろうか。しかし、生還の鍵とはいっても、それを活かせるだけの操縦の技量がなくては全く無駄になってしまう。それを確実に生かせるのは、教え子ではなく、自分自身だということはわかっていただろうに。物語として、悲劇で終わらせなくてはいけない、そのためのこじつけという気がしてしまった。

何かしら批判しないと気がすまない性格なのか、多少ケチをつけてしまったが、大変読み応えがあり、勉強になる、素晴らしい本だった。今年末に映画が公開されるようだが、是非見てみたい。
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