2013年8月21日水曜日

さがしもの(角田光代)



本をテーマにした短編集。どれも、作者の本に対する愛情が伝わってくる。人生の場面場面で重要な役割を果たす本。どれもそのシーンを切り取った小説だ。そして、この作者の作品でいつも思うのは(といっても、まだ読んだことがあるのは、「対岸の彼女」「八日目の蝉」2作のみだ)、どれもどことなく品があり、いい余韻がある。

この本で一番心に残ったのは、「不幸の種」という話だ。不幸を呼び込むとして、手放した本。しかし、それを手にし、決して幸福とは言いがたい人生を歩いてきた友人は言う。「私の思う不幸ってなんにもないことだな。笑うことも、泣くことも、舞い上がることも、落ち込むこともない、淡々とした毎日のくりかえしのこと。そういう意味でいったら、この本が手元にあったこの数年、私は幸せだったと思うけど。」人生の浮き沈みを経験するたびに、その本は意味を変えてゆく。自分とともに 成長してゆく本。

あとがきで、作者自身の、そうした体験が書かれている。小学2年生の時おもしろくないと投げ出したサン・テグジュペリの「星の王子さま」。そして高校2年でその本に再び出会ったとき、その本の描く世界の深さに気づく。偶然だが、私も「星の王子さま」については、全く同様の経験をもっていた。私が読んだのは小学45年生の時だったが、なぜ大人のいう名作とはこうもつまらないのかと思った。再び読み返したのは、数年後だった。あれは、童心を失くした大人のための児童書であって、実際の子供のための本ではない、と今になって思う。「星の王子さま」が理解できず、大人の価値基準にうんざりした子供は私だけではなかったらしい。

本というのは、相性もあれば、タイミングもある。どんないい本でも、タイミングが悪ければ心に響かない。だから、あとがきの作者の言葉には納得させられた。
「つまらない本は中身がつまらないのではなくて、相性が悪いか、こちらの狭小な好みに外れるか、どちらかなだけだ。そうして時間がたってみれば、合わないと思っていた相手と、ひょんなことからものすごく近しくなる場合もあるし、こちらの好みががらりと変わることもある。つまらない、と片づけてしまうのは、(書いた人間にではなく)書かれ、すでに存在している本に対して、失礼である。」

大した読書歴もないくせに好き勝手な書評・感想を書いている人間としては、耳が痛い限りである。


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