2013年2月20日水曜日

手紙(東野圭吾)


東野圭吾というとミステリー、と思うが、これにはミステリー色はない。むしろ、ベテラン作家の筆が光る、人間ドラマだ。最後のストーリーの展開は、さすがに東野圭吾というべきか。弟の学費を稼ぐために強盗殺人罪という大罪を犯した兄と、その罪ゆえに人生を翻弄される弟。どんなに本人が努力しようと、「強盗殺人犯の弟」というレッテルが執拗に足を引っ張り、弟を苦しる。刑務所の中の兄から毎月届く手紙も忌まわしい過去を思い出させ、そのレッテルを確かめるものでしかなかった。

この物語の中で、特に心に響くのは、社長の言葉だ。「君が今受けている苦難もひっくるめて、君のお兄さんが犯した罪の刑なんだ」「もう少し踏み込んだ言い方をすれば、我々は君のことを差別しなきゃならないんだ。自分が罪を犯せば家族をも苦しめることになる――すべての犯罪者にそう思い知らせるためにもね」

「諦めることにはもう慣れた」と、直貴は言う。兄の罪のために夢や恋、多くのことを諦めねばならなかった直貴。彼の最後の決断は、何の罪もない妻子のために、罪を犯した兄を諦めることだった。もう、それ以上諦めなくてもいいように・・・。「私たちのこれらの苦しみを知ることも、あなたが受けるべき罰だと思うからです。このことを知らずして、貴方の刑が終わることはないのです」直樹は兄への最後の手紙にそう書く。この背景にあるのは、非情と思われた社長からの言葉に他ならない。

罪と償い。この作品はその普遍のテーマを罪に巻き込まれた何の罪もない一青年の葛藤から描き出している。重い小説ながら、希望の光を与えることを、作者は忘れない。「これで終わりにしよう、何もかも。お互い長かったな」という被害者の言葉に、直貴が兄に向けて歌う「イマジン」。「秘密」、「変身」、「宿命」・・・、東野圭吾はいつも、最後の数ページでこの上ない余韻を作り出す。重いながらも、読んでよかった、と思える、名作だった。

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