2013年1月24日木曜日

Mayada, Daughter of Iraq (Jean Sasson)


新しい世界を教えてくれる、そんな本が好きだ。決して勉強のために読んでいるのではないけれど、楽しんで読んだらいつの間にかいろんなことを学んでいたというような本。そして、この本はまさにそんな本だった。

これは、中東に長く住み、中東文化に造詣の深い筆者が友人となったイラク人のマヤダにインタビューし、その体験を文章にしたものである。しかしこのマヤダは、ただのイラク人ではない。母方の曾祖母は、オスマン・トルコ帝国の王女であり、祖父は高名な学者およびアラブ民族主義の主唱者で、イラクのみならずアラブ諸国の独立運動・思想に絶大な影響を与えた、サティ・アルフスリ。その娘であり、マヤダの母であるサルワも、外交官として中東の社交界で確固たる地位を築いている。父方だって負けてはいない。父方の祖父ジャファール・アルアスカリは軍人として第一次大戦中はアラビアのロレンスとアラブ軍を率いてオスマントルコと戦う。後にイラク王国の独立に大きく寄与、首相まで勤めあげた。ジャファールの親友であり、義兄弟となったマヤダの大叔父のヌリ・アルサイドも7期も首相を務めた歴史的政治家である。

まさにイラクの近代史を作り上げ、それを体現するような支配者階級のお嬢様である。よって、その家族の経歴を語るだけで近代イラク史がおさらいできるのだ。そしてこんな特権階級に育ったマヤダは、サダム・フセイン独裁体制下でも、政治の中心とは距離を置きながらも権力者サダム・フセインやその取り巻きの様子を目にすることも、耳にすることもできた。実際、この本の半分以上は、そうしたマヤダの家族を通してのイラク史、マヤダが記者時代に触れたイラク秘密警察の内情やサダム・フセイン一味の横暴のエピソードである。「サダム・フセインの拷問監獄を生き延びた女性」という副題から予想されるのとは違う内容に驚く読者も多いのではないのだろうか。わたしにとっては、良い期待の外れ方だったが。

反政府的な文書を印刷したとしてある日、突然監獄に送られたマヤダは、そこで同じように囚われた女性たちと出会う。ほとんどは何の釈明をする機会も家族へ連絡する暇も与えられず放り込まれた無実の一般市民で、毎日拷問を受けながらも互いをかばいあうのだった。特権階級であることがここでも効き、マヤダ自身は大した拷問にかけられることもなく、1週間後に釈放される。もしかしたら、無実の女性たちの話を世に伝えるためにマヤダは捕まったのではないか思ってしまうほどだ。

イラクでの政治的抑圧も、戦争も、わたし達には遠い外国で起こっていることであって、身近に感じるのは難しい。しかし、現地では生活を破壊され、家族を失い、傷つき、怯え、かろうじて生きている人たちがいる。この本にはその人たちの叫びが刻まれている。

イラク史を学べ、さらに政治について考えさせられる、一石二鳥でお得な本である。英語も、簡単とは言わないが、特別難しくもない。イラクに興味がある方にはもちろん、そうでない方にも是非お勧めしたい一冊だ。

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